インターナショナルスクールに通うのは本当に得か

 

日本の教育制度改革が遅々として進まない一方で、富裕層や教育熱の高い中間層の間では「インターナショナルスクール」ひとつの代替案として長らく注目されてきた。

日本では英米系のインターナショナルスクールが最も数が多く知名度も高いが、その多くは学費が高額であることのみならず、学生側の子供のみならず両親の方にも一定の英語力が求められる場合もあり、日常的に英語を話すわけでもない「普通の日本人」にはハードルが高い。

2000年以降は新興国系のインターナショナルスクールも設立されるようになったが、基本的には例えばインド系のインターはやはり在日インド国籍者のためにあるので、日本人学生の割合は多くない(http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20111026/1038447/?P=3)ようだ。

だが、インター出身のエリート学生達の「その後」はどうなっているのか。

例えば、日本で教育を受け、受験を勝ち抜き東大に入った学生達は概ね日系、外資双方の大手企業から引っ張りだこで「優秀な学生」として就職活動も断然有利に進めることができるというのは良く知られている。恐らく既に社会で活躍されておられる方にとって、東大出身のやり手ビジネスマンを目にする機会も決して少なくはないだろうし、それゆえ「東大に行くことのメリット」が非常にリアルに、否定できない現実として感じられるからこそ「できれば自分の子供を東大に行かせてやりたい」と思う人も多いのだろう。

だが、インターナショナルスクール出身者と頻繁に接触する機会のある人はさほど多くないのではないだろうか。一体彼らはどこで働いているのだろうか。否、それ以前に彼らはどこの大学へ行くのだろうか。

一般的に言って、インター出身者は英米圏の大学に進学するのが最も普通だろう。日本のインター出身者は慶應大や東大などのインター生をある程度受け入れている名門大に流れる者も決して少なくないようだが、国際的にはどの国のインターナショナル出身者も概ね英国あるいは米国の大学に進学するのが通常だ。

実は、西ヨーロッパでもインターナショナルスクールは富裕層の間でかなり人気がある。イギリス、フランス、ドイツの三国はそれぞれ独自の教育制度によって自国のエリートを養成しているが、イタリア、ギリシャ、スペインなどの西欧内部において主に教育制度面で「後進的」とされている国では相当数が英仏米への留学を希望し、国内最高峰の大学を蹴って留学してしまう人も皆無ではない。

日本でも時折灘や開成などの名門校の卒業生がオックスフォードやハーバードなどの英米の名門校に進学したという話も皆無ではないが、彼らはあくまでごく少数の「例外」であり、「留学」が大規模な現象になっているわけではない。

だが、英国の大学にはヨーロッパの様々な国々出身の人々が実に大勢いて、しかもその多くは各国にある英米系のインターナショナルスクール出身者が占めている。無論、西欧のみならずインドやシンガポール、中国などの新興国のインター出身者もかなり多い。他のアジア諸国に比べれば非常に稀とはいえ日本人(あるいは日系ハーフの日本国籍者)の日本のインター出身者も一定数存在する。

こうして、世界中の所謂「富裕層」は学生時代から「インターナショナルスクール」をひとつの中心として比較的狭いエリートサークルを形成し、そのネットワークは卒業後も様々な形で続いていくのだ。大学においても、インター出身者や英国の名門校出身者など、各国のエリート同士で即座にネットワークづくりが行われる。その中にはインドや中国などのアジア系の「エリート」も含まれている。

こうして形成された西欧におけるネットワークに参画している「国際エリート」は、大学卒業後も国際的舞台で活躍する場合が多い。特に後進国出身の者の場合は母国には帰らず、英国やドイツ、米国などで職を探す者も少なくない。

ヨーロッパ人の大学生の多くが英国のEU離脱(Brexit)に強く反対したのも、ひとつにはこのような就職事情という背景がある。インター出身とはいえイタリアなどの外国籍を持つ人にとっては、英国の反EU出身移民政策は実に腹立たしいというわけだ。

とはいえ、英国に留学する者の全てがインター出身なわけではない。中には高校まで母国において母国語で教育を受けた者も少数とはいえ混じっている。だが、このような純粋な意味の「留学生」とインター出身者の間には、英語力はもちろん(両親の)経済力のとてつもない格差が存在する。かつ、インター出身者の中でも経済力に劣る場合は若干疎外され気味になりやすい。

というのも、インターにおける教育の質そのものは他と比べてとりわけ格段に高いというほどでもなく、むしろ日本の受験エリートに比べれば遥かに「勉強」に割いている時間は少ないようなのだ。従ってインター出身者がとりわけ「勉強」ができるというわけではないのだが、インター内で比較的「貧しい」中間層の学生は実に良く勉強し、成績も他より優秀である場合が多い。だが富裕層は旅行やサマースクールなどの、お金のかかる課外活動の経験値が段違いなので「実戦的」な知識においては一枚上手であり、かつ西欧における就職活動ではこうした「実戦的知識」の重要度の方が遥かに高い。

そういう意味では、中間層以下の一般人がインターに通って優秀な成績を収め英米の名門大学を卒業しても、民間の名門グローバル企業に就職するとなれば相当厳しい競争を強いられることになる。

実際、アジア系の勉学中心的な「エリート」学生の多くは英米で就職するのは不利であると悟って母国での就職を志す者の方が多い。確かにシンガポールや中国などはこうした留学帰りの学生の受け入れ体制が比較的整っているし優遇もされるので、そういう選択も悪くないだろう。

だが、日本人の場合はどうだろうか。海外留学生が東大生以上に優遇されることなどあるだろうか?私の知る限りでは、そんなことはない。無論就職活動に関しては個人の資質が最も重要であるとはいえ、一般論として東大生よりも海外留学生の方が有利だなどという話は聞いたことがない。そもそも日本の新卒就職率は英米に比べてもずば抜けて優れているし、結局日本企業で働くなら留学するよりも東大卒業の肩書きの方が圧倒的に有利でさえあり得る。

もちろんそれでも海外での就職に挑戦したいという場合はインターを卒業した方が色々と有利だろうと私は思うが、最終的に日本に戻る予定なら必ずしもインターで「優れた教育」を受けることがその後のアドバンテージになるとは限らない。

欧米世界は「大学卒業」までは開かれていたとしても、肝心の「その後」まで開かれているわけでは必ずしもない。結局いざ就職という段になって日本企業の懐の広さに甘えるつもりならば、学生個人の人生における成功の可能性を高めるためにはむしろ日本企業における働き方に慣れておくことの大切さをどこかで教わることの重要性の方が強調されるべきであるように思われる。

結局、「教育」のあり方を最終的に決めるのは大手日本企業の採用方式だ。

就職させてもらう側の学生や民間企業と直接関わらない公務員・政治家・大学教員が何を要求したところで、その「正しさ」は企業からの不採用通知に勝てはしない。

神谷 匠蔵


アゴラ  2016.10.26